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2016年4月15日金曜日

思考パラダイムという重箱・・重箱の隅には残飯しか残っていない!

英国人以外の者にとって「英語は単なるツールに過ぎない」のは、中世以来英国人が先祖代々育んできた形式知の大部分および暗黙知の全て(広義の文化)を共有できないからです。山極さんが「日本語で考えよ」という意味は、数千年に渡る日本民族の歴史が耕してきた知的土壌(日本文明)に根を張って考えなければ、永久に西洋の物真似から脱することはできないと言うことでしょう。

亀が兎を追い越せたのは兎を追いかけなかったからで根気よく努力したからではありません。それは亀を追いかけた俊足のアキレスが遂に亀に追いつけなかったことが証明しています。 つまり、他者の土俵(パラダイム)ではなく、自分の土俵(パラダイム)で相撲をとれ(思考せよ)ということです。

ゴリラ博士の異名を取る山極さんの後継者で、これまたチンパンジー博士の異名を取る松沢哲郎京大霊長類研究所長が、チンパンジーには人間にはない知的能力があるという論文を発表したとき、案の定、欧米の学者から総反撃を受けたそうです。彼らは、ダーウィンの進化論から150年経っても未だにキリスト教パラダイムの重箱から抜け出せていなかったということです。

欧米の一部知的社会で「禅」が注目され始めてからかれこれ100年になりますが、殆どが無宗教化(世俗主義:仏語で言う”ライシテ”)に伴う精神的空白を埋めるための代替アイデンティティ(各種イデオロギー、反ユダヤ、反イスラム)の延長でしか捉えられていません。 「禅」思想が宇宙論の延長で科学界の大命題として認知されたとき、初めて西洋科学は反キリスト教という重箱から抜け出せたと言えるでしょう。 http://members3.jcom.home.ne.jp/sekiguchi_prof/ryakureki/inga_hitsunen_model.htm

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