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2015年6月28日日曜日

日本のアイデンティティを語る・・アンドレ・マルロー 

皇統は少なくとも奈良時代から続いていますが、1945年の敗戦に到るまでの日本人の精神世界は鎌倉時代からの武家社会の中で純化されてきました。

こうした日本文明の本質を日本人以上の洞察力で見抜いた人は日本人ではなく、20世紀フランスを代表する哲人、アンドレ・マルローでした。

小泉八雲は、日露戦争中に著した絶筆 『神国日本』(http://byoshonikki.blogspot.jp/2015/05/blog-post_15.html) において、自分は未だに日本を分かったとは言えない、今後50年経っても本当に分かる西洋人は現れないだろう、と書いていますが、マルローこそはそれが分かった唯一の西洋人だったと言えるでしょう。これまでにお奨めした本にもう一冊加えたいと思います。

『マルローとの対話』 竹本忠雄 1996(人文書院 )
松岡正剛氏の書評

充電(読書)不足を痛感・・高坂正尭を読んでからもう一度考え直す必要がありそうだ。

日経日曜コラム 『半歩遅れの読書術』 に、2人の国際政治学者が2週続いて登場し、彼らが心酔する高坂正尭の著書を一冊ずつ紹介しています。
いずれも、予てより書名は知っていましたが、読み損ねていた名著です。

『国際政治 恐怖と希望』1966 中公新書
http://www.ranpub.com/~t-sawa/rev/nf_etc_01.html

推薦者(村田晃嗣同志社大学学長)の寸評。
・・国際政治は、力の体系であると同時に、利益の体系であり、価値の体系であると、著者は説いている。いずれか一つの視点しか持たなければ、軍事オタクの国際政治や株価の国際政治、思い込みの国際政治になってしまう。国際政治には何よりも、複合的な視点が大事なのである。

(この点では中国はもとより韓国すら、短絡的な日本より遥かに大人です。馬鹿正直な坊ちゃんが海千山千の山師に勝てるわけが無い!)

『世界地図の中で考える』1968 新潮選書()
http://club.pep.ne.jp/~y.hosoya/booksreview/kousaka-sekaitizu.htm

推薦者(細谷雄一慶応義塾大学法学部教授)の寸評。
・・1965年10月から5ヶ月間ほど、南半球のタスマニア島で過ごした。なぜか、・・・本当の理由は、タスマニア島の原住民の滅亡の理由を知りたかったからだった。
そして高坂は学んだ。タスマニア原住民を滅亡させる上で最も効果があったのは、イギリス人の鉄砲でも大砲でもなかった。皮肉なことに、そうした文明の利器よりも、イギリス人が彼らの体の中に携えてきた微生物が、はるかに有効だったのである。
・・高坂のすごさは、このエピソードを国際政治学において一般化して論じる力である。国際政治学の世界でも、軍事力は悪であるし、戦争は悪である。しかしそれらに対する免疫力を高めて、それらを内側に取り込むことで、われわれは強くなれる。
高坂は論じる。「ごく簡単に言えば、より多くの病原菌を体内に持っている人間がより多くの病気に耐えうるのである」
ところがわれわれは、純粋な善を求めている。
高坂は嘆く。「バクテリアに対する医学の考え方は随分進歩したのに、悪に対する人間の態度はギリシャ時代からまったく変わっていないし、ある意味では悪化さえしている。社会のさまざまな疾患の原因を一つの要因に求め、それを除去することに血道をあげている人がいかに多いことか」

(護憲論者に聞かせたい言葉です)

2015年6月22日月曜日

韓国人の反日歴史観の淵源!・・始めて知りました

室谷氏のような人を真の韓国通と言うのでしょう。
https://youtu.be/k0yfV33hfEw?t=3m39s

反日公教育以前に、
①戦前からの荒唐無稽な建国神話(5千年前に大帝国を築き中国はその支配下にあった!)と、
②終戦直後の捏造歴史物語(朝鮮文明は全て日王によって抹殺された!)による根拠無き自尊心と被害者意識が全朝鮮人に共有されていたとは!
それらを執筆した国民的捏造歴史学者(作家!)、いわば、朝鮮版司馬遼太郎と家永三郎とも言うべき人物が居た!

今日の良識的親日韓国知識人(金完燮 きむはんそく)すら、前者(①)からの刷り込みは免れていないそうですから、根は深いと言わざるを得ません。

2015年6月16日火曜日

メディアの悪辣な捏造報道

世界の歴史学者187人の声明(日本支持)を、安倍政権の中韓批判にすり替え! まず、下記ブログ記事で韓国の反日教育の実態をご覧ください。

 「韓国が日本にしている無礼なこと」
http://ameblo.jp/fuuko-protector/entry-12023491648.html

ここまで、洗脳教育されていると、彼らの言う事に迫力と真剣さを帯びて来ますから、直接、日本を知らない良識有る外国人は(白人に限らず)信じてしまうでしょう。日本人ですら洗脳されきった人々は、もう変われません。 これで若し彼らが中国や米英のように元々倫理観の強い国民だったら、世界中が(日本人も含めて!)彼らがこれほど真剣に言っているのだから若しかしたら本当かも知れないと思い始めるでしょう。 

しかし、幸いにも彼らが余りにも非常識で卑怯丸出しの愚行に走ってくれるので、今や、米国を筆頭に、想像を絶する野蛮人(単なる未開人ではない!)だと云うことに気づき始めたようです。
最近の外国歴史学者187人による 「日本の歴史家を支持する声明(OPEN LETTER IN SUPPORT OF HISTORIANS IN JAPAN)」 を見ても8割方、正論なのでびっくりしました。
あと2割は、韓国を全否定する訳にも行かないと云う政治的配慮と日本軍国主義を否定してきた米国の立て前との妥協でしょう。

世界の常識は明らかに安倍政権(常識的日本人)の主張が是であり、反日勢力の主張が捏造であることに気付いたようです。 
それは、C.ケネディ駐日米国大使のCBSキャスターとの対談における微妙な応答を聞けば、彼女(≒米国良識派)が全て承知していることが分かります。

しかし、マスコミは悪辣にも、上記声明を改竄し、 「世界の歴史学者ら声明 安倍首相に歴史の直視訴える(Open Letter from World Historians: Scholars Tell Abe to Face Up to History)」 というタイトルと声明文の切り張りで「反安倍声明」であるかのような印象操作を続けていますから、非ネット市民の多くは、未だに騙され続け、やれ、「無知な白人学者」 だの 「傲慢な欧米人」 だのと罵る鬱憤晴らしに余念が有りません。 以上の経緯は、ケント・ギルバート氏の直近のブログ記事を丹念に読めば疑問の余地が有りません。
http://ameblo.jp/workingkent/entry-12024163180.html


2015年6月13日土曜日

憲法学者3名が集団的自衛権の行使容認を違憲だと指摘・・それがどうした!

そもそもConstitution の意味は、ルールではなく、構造のことですから、それに憲法という訳語を当てたことが大間違いの元で、国体と訳すべきだったのです。
大日本帝国憲法の制定に当たって十七条憲法の権威を借りざるを得なかったのでしょう。
したがって、憲法と言うのは、法律ではなく統治原則ですから、法学者や裁判所に権威があるわけではありません。

仮に憲法学というものが必要だとしても、法学科ではなく政治学科で国体論として扱うべきものだと思います。
そのことは、お三方とも薄々承知されているようですが、依然として法学科にしがみついているのは見苦しいと言わざるを得ません。
長谷部恭男早大教授については、氏が東大に在籍中の2013年10月24日に日経 『経済教室』 に寄稿した現行憲法擁護論を真っ向から批判したことがあります。
東大教授の憲法論・・これぞ詭弁の典型!
私は昔(1960頃)から日本の憲法学者というのは学者ではなく、日本国憲法原理主義という一種の新興宗教の宣教師だと思ってきました。

因みに私の専攻は経済学でしたが、クラスメートの大半は法学部に進みましたから、そちらについても多少の常識は持ち合わせています。
http://50yearsagotoday.blogspot.jp/2012/04/1962225.html

2015年6月11日木曜日

江田五月の言う 「時の権力の中枢」 とは?

https://youtu.be/X34iRa7oXFM?t=5m19s

恐らくそれは、特定の政党でも政治家でもなく、特定の役所でも役人でもなく、特定の国家でも民族・宗教組織でもない!
それは、日本でも、米国でも、中韓や欧州諸国でも大同小異であろう。
表立っては存在すら隠されている支配集団と、彼らに追随している自覚的共犯者(買収、脅迫、・・)或いは善意の共犯者(洗脳、誘惑、・・)たちであろう!
従って生半可な糾弾では、誰か、或いは何処かの国や政権を倒すことは出来ても、所詮、トカゲの尻尾切りに協力するだけの結果に終わってしまうのが常であった。
その典型が東条英機以下の冤罪であろうが、ことによるとヒットラーを始とするナチス幹部もそうだった可能性すら否定できない。

自らは安全地帯に居て、誰かを悪の権化に仕立て上げる人たちは、常に陰謀の加担者でした。
私が、自ら、体を張って陣頭に立つ人を信用する所以です。

当時の民主党で、石井議員の墓に詣で、遺族と言葉を交わしたのは江田君だけでした。
彼の市民主義には若干の距離を置く私ですが、米国で言えば、ロン・ポールのような良識派です。
民主党が出来たとき、「父子二代の悲願達成おめでとう」、とメールしたら、「まだこんなことをやっていて中々安定しませんが、もう一頑張りする心算です」と言っていました。
父親譲りの正義漢にエールを贈りたいと思います。

2015年6月8日月曜日

妹の訃報

6月5日の夕方、兄から妻に電話があり妹の死去を知りました。
兄一人、妹一人の三人兄妹揃って、七十過ぎまで生き延びられるとは元々思っていませんでしたが、いざ先立たれてみると心穏やかではいられません。
明日の葬儀と埋葬には、兄夫婦と私たち夫婦で立会い、見送ることになりました。
喪服はやっと見つかりましたが、ワイシャツは、去年、半袖シャツ一枚を残して全部捨ててしまったので一着も残っていませんでした。
ここ数年小学校から新入社員時代までの親友が次々と逝ってしまうのを、葬儀にも出られずに見送ってきましたが、妹の死というのは筆舌に尽くせないものがあります。
遺骨は、桐生養泉寺の関口家の墓に埋葬しますので、お祖母ちゃんっ子だった妹も寂しくないだろうと思うのがせめてもの慰めです。

妹の名は、関口泰代と言います。
1967年3月に、立教大学文学部史学科を卒業しました。
友達付き合いも侭ならない学生生活でしたが、それでも何人かは気持ちの通う友人が居たようです。
私たち一家が今の茅ヶ崎の地に越して来た昭和53年ごろ、30代後半だった妹が一人で幾日か泊りに来たときのことです。
ある日、大磯の海岸を見に行くと言うので、妻が車で送ろうとしたところ、独りで行きたいからと言って、バスと電車で出かけて行ったことがありました。
大磯には一体どんな思い出が有ったのか見当がつきませんが、きっと誰か忘れがたい人が居たのではないかと想像しました。
今となっては、それを確かめる術もありません。