日本は古代から平等社会でしたから、身分の違いはすべて分業での専門性の違いでしかなく、階級という仕切りよりも適材適所の人材登用が重視されました。
代々続く宗家や家元、老舗の後継者が適材適所で選ばれたからこそ各種の伝統が温存されてきたのです。
明治5年から2年間にわたって決行された政府首脳による欧米視察の報告書「欧米回覧実記」では彼我の差は40年と喝破していましたが、実際に33年後に日露戦争に勝利してその読みの鋭さを証明しました。読みの鋭さもさることながら、それを実現してのける国民性は驚嘆に値するというのがこの教授の言わんとするところでしょう。