ページ

ページビューの合計

2025年9月7日日曜日

マスク氏の意外な発言が話題に!参政党への言及で政界に波紋広がる?

グローバリズムからナショナリズムへ・
参政党の日本人ファーストは国家間の問題ではなく、日本国内政治における外国人優遇に対する異議申し立てです。
トランプのアメリカファーストも国家間の外交問題ではなく、米国企業のグローバル化に対する異議申し立てです。
両者共通の敵はグローバリストです。

2025年9月5日金曜日

皇位継承の条件としてDNA鑑定を制度化すべきである。

皇位継承の条件としてDNA鑑定を制度化すべきである。
DNA鑑定という新技術が登場した以上、皇室典範を改訂し、皇位継承の条件に男系男子のDNA所有者であることを明記すべきです。そうすることによって男系を維持しながら1代限りの女性天皇実現の道が開けるのです。つまり、愛子内親王の配偶者に男系男子を迎えれば、その男児は文句のつけのない男系男子の親王ですから愛子女帝1代限りで男系に復帰し、皇統を維持出来ることなります。竹田恒泰氏の懸念する女系化への布石とさせないためにもこのDNA鑑定の制度化は必須です。

2025年9月3日水曜日

94才が警鐘を鳴らす「参政党躍進の真実」戦前の記憶と重なる現代日本の危機


日本人ファーストは国家間の問題ではなく、日本国内政治における外国人優遇に対する異議申し立てです。 トランプのアメリカファーストも国家間の外交問題ではなく、米国企業のグローバル化に対する異議申し立てです。 両者共通の敵はグローバリストです。

報道されないロバート・ケネディ・ジュニア現象と参政党〜前編〜|林千勝


【閉ざされた言語空間】・・江藤淳 畢生の警告 https://byoshonikki.blogspot.com/2013/08/blog-post_26.html 久しぶりに江藤淳の「閉ざされた言語空間」に触れてくれる国士の言葉を聞きました。 この本が出版された30年前には、これで日本も立ち直れると期待したものですが、その後の日本各界の腐敗ぶりにはがっかりしていました。神谷さんや林さんには最後の望みを託したいと思います。
2

2025年9月1日月曜日

日本でキリスト教が流行らなかったのは教義がナンセンスだったからだけではない。

日本でキ

リスト教が流行らなかったのは教義がナンセンスだったからだけではない。 
①秀吉が西洋列強の侵略政策を見破った。
 ②家康が列強勢力を分断し、相互牽制させるバランスオブパワー体制の布石を打った。 
③日本は昔から超大国を撃退する軍事力を持っていたのです。

 日本は1000年以上前から、世界の覇権国と張り合ってきたのです。 
①白村江での唐&新羅との戦い、 
②玄海灘での元&高句麗との戦い
 ③秀吉のスペインとの戦い
 ④明治時代の清やロシアとの戦い 
④昭和時代の英米との戦いい 
この間、常に世界情勢を掌握し続けてきたのです。 令和の日本は超大国の意図を見抜いているでしょうか。

2025年8月31日日曜日

2025年8月30日土曜日

【海外の反応】日本の美がハイデガーを揺さぶった!沈黙と無に隠された思想の核心とは!?

「存在と時間」 について 2010年9月21日の日経朝刊、「私の履歴書」 で哲学者、木田元氏がハイデガーの 「存在と時間」 について書かれている。 要するにさっぱり分からなかったと言うことである。 氏だけではなく、他の日本の研究者も、ドイツの研究者にも分かっていない、あるいは、分かっていないのに分かったつもりでいる連中は大勢いたということであるが、早い話がハイデガーはドイツの大学に職を確保するため何かそれらしき論文を書かなければならなかっただけだ。 私に言わせれば、 彼の言う “Dasein”など駆け出しの禅僧が悟りもしないのに 「悟った!」 と思い込んで老師に一喝される魔境の類に過ぎない。 しかし、それにしても 「存在と時間」 というタイトルは流石というべきか。 かく言う私なども、高校生の頃、きっとそれを読めば、禅の悟りに近い思想が論理明快に述べられているに違いない、 少なくとも 相対性理論 よりは一歩先に進んでいるだろうと期待したものだ。 同じ日の日経夕刊、「プロムナード」 に、これまた哲学者の森岡正博氏が「時間の流れの真の意味」 と題する体験談を書かれている。 要するに一言で言えば、この一瞬はこの宇宙(時空と言うべきか)で、自分だけの体験する一瞬であり、しかも、次の瞬間にはもう存在しない・・・と言う趣旨であった。 「存在と時間」 の饒舌が徒に繰り返す “Dasein”よりこの方がよほど簡潔で明快である。 流石、日本の哲学者は違う、と感嘆したいところだが、これとても、まじめな禅僧が修行の初期に体験する通過点の一つに過ぎない。 こんなことは何百年も前に、「色即是空、空即是色」 の八文字で言い尽くされている。 勿論、それを体感することと、単に概念として理解することとは全く次元を異にするものであることを否定するつもりはない。 私自身、まだ概念としてすら理解できたとは言えない。 しかし、仮に 「色即是空、空即是色」 を体感できたとしてもまだその先がある。 つまり、何故、「空即是色」 なのかが体感できなければ悟ったとはいえないのだ。 禅語の中にその答ないし答のヒントを求めるとすれば、「因果必然」 に行き着くしかない。 私が因果の無限集合連鎖モデルを提唱する所以である。
https://byoshonikki.blogspot.com/2015/01/blog-post_23.html
「存在と時間」 について 2010年9月21日の日経朝刊、「私の履歴書」 で哲学者、木田元氏がハイデガーの 「存在と時間」 について書かれている。 要するにさっぱり分からなかったと言うことである。 氏だけではなく、他の日本の研究者も、ドイツの研究者にも分かっていない、あるいは、分かっていないのに分かったつもりでいる連中は大勢いたということであるが、早い話がハイデガーはドイツの大学に職を確保するため何かそれらしき論文を書かなければならなかっただけだ。 私に言わせれば、 彼の言う “Dasein”など駆け出しの禅僧が悟りもしないのに 「悟った!」 と思い込んで老師に一喝される魔境の類に過ぎない。 しかし、それにしても 「存在と時間」 というタイトルは流石というべきか。 かく言う私なども、高校生の頃、きっとそれを読めば、禅の悟りに近い思想が論理明快に述べられているに違いない、 少なくとも 相対性理論 よりは一歩先に進んでいるだろうと期待したものだ。 同じ日の日経夕刊、「プロムナード」 に、これまた哲学者の森岡正博氏が「時間の流れの真の意味」 と題する体験談を書かれている。 要するに一言で言えば、この一瞬はこの宇宙(時空と言うべきか)で、自分だけの体験する一瞬であり、しかも、次の瞬間にはもう存在しない・・・と言う趣旨であった。 「存在と時間」 の饒舌が徒に繰り返す “Dasein”よりこの方がよほど簡潔で明快である。 流石、日本の哲学者は違う、と感嘆したいところだが、これとても、まじめな禅僧が修行の初期に体験する通過点の一つに過ぎない。 こんなことは何百年も前に、「色即是空、空即是色」 の八文字で言い尽くされている。 勿論、それを体感することと、単に概念として理解することとは全く次元を異にするものであることを否定するつもりはない。 私自身、まだ概念としてすら理解できたとは言えない。 しかし、仮に 「色即是空、空即是色」 を体感できたとしてもまだその先がある。 つまり、何故、「空即是色」 なのかが体感できなければ悟ったとはいえないのだ。 禅語の中にその答ないし答のヒントを求めるとすれば、「因果必然」 に行き着くしかない。 私が因果の無限集合連鎖モデルを提唱する所以である。 https://byoshonikki.blogspot.com/2015/01/blog-post_23.html https://byoshonikki.blogspot.com/2025/01/zen-as-science-my-hypothesis_1.html