入学式の祝辞を外国語(のみ!)で行うということは、日本人のための教育機関ではないということですから、国民の税金で養っていく理由がありません。
この学長は格調の高い日本語が使えないのでしょうが、英語にはよほど自信があるのかもしれません。
仮に彼がオックスフォードかケンブリッジを首席で卒業していたとしてもそんな人物の自己顕示欲を満足させるために国家予算を使うのは、どこかの知事の不正支出以上の売国行為です。
明治維新の際、日本語廃止論を唱えた森有礼を、「・・この人のごときは寄席の落語も聞いたことなきならむ」と痛烈に皮肉った福沢諭吉の爪の垢でも飲んで出直して来いと言いたくなります。
2016年4月13日水曜日
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