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2014年3月22日土曜日

国際政治は生存競争②・・個人の人生観とは別次元!

国際政治は100%偽善の世界で、皆それを承知の上で自国民のために必死の駆け引きを演じているのです。
他国を援助するのも自国の利益を守るためです。 

自分の家族が飢えても、より一層哀れな人たちのために分け与えられるような人(いわゆる聖人)以外に、国際親善を語る資格はありません。それを語っている人たちは、自覚していようがいまいが偽善者です。 

ロータリーとかライオンズとかフリーメーソンとかいう団体が善意の活動に熱心な振りをしていますが、彼らが全財産や命を投げ出して他人を助けたという話を聞いたことがありません。 ましてや、自国民が飢えても、より貧しい国のためにGDPの五割以上を分け与える国があるとは思えません。 彼らの慈善活動は、多くの場合、国際・・云々の名を冠していますが、身の回りにもっと困っている人たちが居るのに、敢えて、国際・・云々を冠するのは、富裕国や成功者の自己満足と自己正当化の証にすぎない証拠です。 

本当に、国益とは無関係な人道支援に献身している人がいないわけではありませんし、それは、それで立派ですが、それも本人の意図に反して国益を害するなら多くの同朋を裏切ることになります。 個人としての自己犠牲と同朋を道連れにする自己犠牲は、次元が異なるという冷厳な事実に目を瞑ることは、狂人の自己満足と紙一重です。

一言にして言えば、・・愛国者でない博愛主義者は偽善者である。

2 件のコメント:

  1. 誤解を招きかねないので、付け加えさせていただきますが、私は善意の偽善を否定しているわけではありません。それで助かっている人たちが大勢いることも確かですから、むしろ奨励すべきだとさえ考えています。
    ここで、問題にしているのは悪意の偽善者と、知らず知らずのうちに彼らに利用されている人たちです。彼らの行為は、明らかに国益を害します。端的に言えば売国行為です。

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  2. 愛国者であり、かつ博愛主義者であることは常に可能です。
    ただし、平重盛のように悩み続けるか、西郷隆盛のように自己犠牲に徹するかの2者択一を迫られる公算が大です。
    我々凡人は、適当に妥協してお茶を濁して終わります。
    私の言う善意の偽善者というのはそういう人たちです。
    勿論、と言うか、多分、私もその一人です。

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