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2014年1月2日木曜日

お正月・・昔は一つ大きくなるのがお目出度かった

お正月おめでとうございます。

昔は歳取りの習慣があったので、一つ大きくなったということで、本当にお目出かったのですが、今日では誰も何故お正月がおめでたいのか分からなくなってしまいました。色々な行事がありますが、どれにもお目出たさの中身がありません。

私自身は、小学生の頃から老成した級友に一目置いてきましたし、大学生時代以降は、万年青年と言われるたびに、青二才と言われたようで不快な思いをしてきました。将来は仙人のような枯淡の境地に達することが夢でしたが、残念ながら未だに目処が立っていません。

それに、近頃は、若さを商売にしている会社が増えたせいか、周り中、歳をとりたくないと言う変わり者だらけで、日常会話がちぐはぐになりがちです。

個人的には、数え年75歳になったことをお目出度いと思っています。
これなら、西暦2020年正月には丁度80歳になれますので、耄碌した頭でも数え間違えないですみそうです。

2014年1月1日水曜日

米国の本質(その1)・・民族・同朋意識を持たない人工的支配機構

米国の本質は、いかなる民族集団にも帰属しない人工的(非人間的・機械的)支配機構である。
その支配が建国者(WASP)の手にあった古きよき時代が去って久しいが、いまや多国籍企業という名の治外法権に身を隠して非情な大衆支配を画策する選民主義者の手に移りつつある。
すでに米国や英仏は手遅れだが、日本は未だ間に合うと警告する米国人もいる。

安倍首相が日本をユダヤに売ったというようなタイトルになっているが、歴代首相は、圧倒的な力を持つ彼らの虎の尾を踏んだが最後、抹殺されることを知って、望むと望まざるとに関わらず妥協を続けて来たに過ぎない。

その史上最大の抵抗が大東亜戦争だった。
前回は、特攻隊に代表される "想定外" の善戦によって一矢報いたが、今後、待っているのは、長丁場の心理戦である。
下手に挑発に乗れば彼らの術中に嵌りかねず、かと言って、言いなりになっていれば、どこまでも隷属を強いられ、場合によっては生存の危機に曝されかねない。
敵の居る世界に生きる(生存競争)ということは、そういうことである。

関連投稿
http://byoshonikki.blogspot.jp/2014/01/blog-post_6.html

2013年12月29日日曜日

イスラエルに関する10の嘘・・ここにも捏造国家があった?

こう言う人を本当のジャーナリストと言うのでしょう。
その勇気に敬服します。
今の日本には一人も見当たりませんね。 

彼の言っていることは全て本当です。 恐らく日本の記者や政治家は恐ろしくて知っていても言えないのでしょう。 日本の政治家だけではありません。オバマ大統領といえども本当のことを言ったが最後、生きてはいられないでしょう。 かつて、J.F.ケネディ兄弟が殺されたのも、J.レノンやM.ジャクソンが殺されたのも、彼らが本当のことを公言し始めたからです。 安倍さんは、そのことを知った上で命を賭けていますが、日本のメディアは、自己保身に走り、彼を守ろうとしません。 世界は、その位、非情な人々によって支配されているのだということを信じようとしないのは、団塊の世代の能天気な人達だけです。


関連サイト
世界は狂人によって支配されている・・ジョン・レノン
911テロ_ロックフェラーの予告(アーロンルッソ監督)

2013年12月27日金曜日

安倍晋三首相 靖國神社本殿及び鎮霊社公式参拝・・偏向報道の好例

安倍さんの靖国神社および鎮霊社参拝に関する報道でカットされているところを見れば、マスコミの偏向振りが良く分かる。



鎮霊社とは、靖国神社に祀られていない、全ての戦場に倒れた人々、日­本人だけではなくて、諸外国の人々も含めて全ての戦場に倒れた人々の慰霊のための­お社です。

ここを同時に参拝したことを報告しているにも関わらず、そのことに全く触れないという姑息な印象操作を行う・・・これが偏向マスコミの常套手段です。

予想通りの安倍叩き・・一番熱心なのは日本のマスコミ!

日経などは、昨日の夕刊トップで中韓の反発必死、米国の反応も懸念されると謳って、彼らの非難を催促し、今朝の朝刊では、やったー!とばかりに彼らのお先棒を担いだ安倍批判を書き立てている。

他紙はとっていないので知らないが、恐らく安倍擁護の記事は皆無だろう。
これが、米中(+韓)とその走狗と化した我国マスコミの日本封じ込め作戦の実体である。
国際社会の批判も必至というが、この手の常套句の後に、具体的国名が挙げられたためしがない。東南アジア各国や、インド、アラブ、アフリカ、中東欧、シルクロード各国など世界の大半の国々が何と言っているか一切報道しないが、直接聞いてみれば、安倍批判など何処からも聞こえてこないはずだ。ロシアですら恐らく何も言わないだろう。

アメリカの本音は常に日本を永久に隷属させておくか、日中韓を争わせて共倒れを誘うことであるから、それはそれで筋が通っているし、中国もアメリカの出方を気にしながらも日本を華夷秩序の末端国として隷属させたいのだから、これも尤もな反応である。

キャロライン・ケネディは、米国の日本離れをカモフラージュするための "友好親善大使" だと思っていたが、案の定、日本政府の事前通告に対して無回答のまま、本国政府へスルーしたと言う。有能な大使としては、蓋し、当然のことである。

韓国(≒朝鮮)に到ってはあわよくば漁夫の利を得ようと画策しているだけだから、これも油断は出来ないがまともに相手にするに国ではない。

幾日か前の日経書評欄(永遠のゼロ??)だったか、戦前のきな臭い雰囲気に似てきたというような記述があったが、あの頃に似てきたのは、むしろ開戦必至と煽り立てた新聞論調のほうである。
当時も陸海軍のトップは、新聞が煽動する世論に踊らされた青年将校と称する野心家達を抑えるのに苦労したというのが実体であった。

普段、伝統文化の重要性を訴えながら、首相の靖国参拝が日本人としての伝統的心情から出ているもので、A級戦犯などとは何の関係もないことを一面全紙面を使って説明すべきなのに、日本文化を理解しない国の疑問に答えるどころか、その揚げ足取りの尻馬に乗って安部批判をエスカレートさせる一方のマスコミこそ、"国際摩擦"の元凶である。

そもそも、賊軍の大将であった西郷隆盛すら合祀されているという事実を知っている日本人がいったい何人いるだろうか。

理解されないから、説明しないで迎合するというのは、世界中の真の有識者を馬鹿にした話で、返って来るのは、落胆と軽蔑だけである。せめて、ドナルド・キーンとのインタビュー記事くらい載せて然るべきだ。

もっとも、敗戦国なんだから、永久に戦勝国のいうこと(例えばニュルンベルグ裁判や東京裁判)に従うべきだ、という理屈もありうる。
だだし、そうなると、気概ある敗戦国が何百年掛けても報復戦争に勝とうとするのを諦めろとは言えなくなる。その結末はジェノサイドしか有りえない!

ジェノサイドに甘んずるか、隷属に甘んずるかの2者択一で1億人のコンセンサスが得られるとは思えない。

そうそう、もう一つの選択肢を忘れていた。
嘗てのユダヤ人のように、少数のエリートと大多数の被差別難民として国家のない流浪の民の道を歩むことである。 しかし、その場合、70億人が犇めきあう苛烈な国際社会の中で、嘗ての日本人として生き残れるのは1億人のうち精々数百万人が好いところだろう。

これが敗戦国が独立国家として存続することの真の難しさである。
当面(何百年?)は、臥薪嘗胆を続けるしかあるまい。

2013年12月25日水曜日

安保闘争論に対する違和感・・戦後民主主義なるものの正体!

今日の日経夕刊文化欄に、今年の収穫と題していくつかの催しが取り上げられている。 その一つに関する記事のなかに"70年安保闘争の挫折感"という文言があった。 私は、この"安保闘争の挫折"という言葉に当時の実態を知らない物書きや観念的革命論者の自己陶酔の臭いを感じて不快になった。

 私が体験したのは60年安保闘争だったが、実態は極く小数のコミンテルン工作員とそのシンパによる空想的革命運動だったに過ぎない。それが数10万の学生を動員できたのは、単に彼らの企画したデモというイベント以外に高揚感を味わう機会がなかったからで、決して彼らの説く反体制主義に共鳴したからではない。 今日で言えば、興行主に踊らされて野外コンサートに動員される数10万のミーハー的聴衆と何ら変わりがない。

私自身3,4回デモに参加したことがあるが、政治思想とは無縁に近いお祭り騒ぎだった。クラスメートの一人が国会前で逮捕され、数日間拘留されたときなどは、安保に対する賛否とは無関係に仲良く代々木駅前で差し入れのための募金活動をやったものだ。ときには学生服の私たちを見て真顔で激励してくれる女性がいたりして気が咎めて仕方なかった。 

後で、出所してきた本人の話では、寮の部屋の名前が社会主義的だというだけの理由で、急進的革命主義者に分類されていたらしいが、実際の本人は全くのノンポリで寮の部屋の名前など気にしたことはなかったと言うのだから恐れ入る。しかも、警官や他の入所者(軽犯罪者?)からは、一目置かれて特別待遇だったと言うに至っては、岸を倒せ!などと無責任なシュプレッヒコールで声を張り上げていたのが申し訳ないというものだ。

樺美智子の死などは、悲劇に祭り上げられているが、当時のクラスで同情論など聞いたこともなかった。そもそも女の子がわざわざそんな危ないところに出ていくほうが非常識だというのが、世間一般の反応だった。 
エヴェレスト征服(国会占拠)を目指すなら、それなりの準備と覚悟が必要だということくらい、三浦雄一郎でなくても分かる。 他の参加者も似たりよったりで、駒場のクラスの雰囲気も合ハイに出かけるときとさして変わらなかった。

それが、新聞記事やTVニュースになると、いかにも国家の一大事、あるいは、若者の英雄的壮挙であるかのごとくに報道され、さらに、時が経つにつれ、諸々の書籍や論文で、歴史の転機だとか、挫折だとか大げさな表現が定着してしまう。 まさに "見てきたような嘘を言い" である。

以上は60年安保闘争の話であるが、70年安保は、60年安保の縮小版で、革命主義者が暴走し、一般学生が離反して運動の正体が鮮明になっただけのことだ。
それは、全共闘、連合赤軍、浅間山荘、日航機ハイジャックと北朝鮮への亡命といった一連の経過を見れば議論の余地がない。

いずれにしても、一部の確信犯達の活動を恰も国民の総意であるかのごとく喧伝し、反政府の世論作りに狂奔するマスコミや知識人と称する人々が、いかにも大事件であるかのごとく有ること無いこと言い続けるのは、要するに彼らがこれら革命主義者の一味であるか、それを種に高給を貪っている共犯者のどちらかだからに違いない。

同じ台詞を繰り返す藤末健三議員・・「閉ざされた言語空間」の住人がここにもいた!

民主党質問者藤末健三議員の某国大統領並みの無恥(無知?)で空疎な言葉遊びは、まさに駄々っ子としか言いようがない。安倍さんの忍耐力と包容力も大したものだ。 これなら問題小中高校の校長になっても務まるだろう。

それとも若しかしたら質問者の真意は、安倍さんを問い詰めることではなく、愚かな人々を納得させるために自ら馬鹿を演ずるところにあるのかも知れない。
"さくら" 役を買って出ているのだと思って見れば、野党議員もそれなりに建設的な演技をしているではないか!